『川』
どれほど体が日のひかりを浴びて熱く熱されても
もう「こども」じゃないこの体にはその水はあまりに冷たすぎる
胃が浸かれば喉元が凍りそうな
胸板が浸かれば息が詰まりそうな
臓物がひっくりかえりそうな気がした
それでも少しずつ少しずつ
足の先から臍の奥
指と二の腕も同時進行して
時々頭を突っ込んで
肩まで浸かれば後はもう心配いらないから
頭から飛び込んで
そして目を見張る
陸とは違う世界に心持ち腰を抜かす
ある意味見慣れた世界に畏怖する
予想以上の不可思議に好奇心と恐怖
陸にいた時には気付かなかった
半分水に浸かっていた時さえ予期していなかった
極小の生き物がいるという事実
こんなにも小さな生き物があんなにも大きくなるのだという事実
そして明らかに食物連鎖を体現する
小中学校の理科に感心して
駆使できる知識は案外ちっぽけで
その現実の豊かさと深さをまず知る
理科がくれる知識にひれ伏しても
目の当たりにしたそれの見解はやはりたどたどしく
自ら飛び込んだ世界をわたるその足取りはやはりぎこちなく
川という自然の一つの区画
ある意味憧れたその自然の現実
畏れてやまなかった現実の自然
恐れて遠巻きに避けてきた現実
触れたくて触れられぬ生の自然
川という自然の一つの区画
意外な速さに驚いて
陳腐に命の危険なんかを悟ってみる
溺れる自信はなかった
惚けた心は水の冷たさが消してくれた
思いの外深い川底も
冷ややかな水の流れが助けてくれた
あらゆる生物も異物も流し下そうとするくせに
もう少し奥へ
好奇心が募って
冷静に恐怖は完全に畏怖へと方向を変える
息さえ続けば 体さえ浮かなければ
もっともっと奥へ沈められるのに
ひとという人間の無力さを知る
人間というヒトの無能さを知る
陸に生きる人間の不自由を知る
それでいて
ひとというヒトの好奇心と探求心を知る
もっともっと深くて暗いところに行きたくて
夢見た光る川床と深淵
抜けた水の神秘に触れたくて
高まる畏怖と好奇心と探求心
滝の下はあっさりとした楽しさだった
きっと小さくて取るに足りない単なる水が流れ落ちる場所だから
川が曲がるときの外側の崖は普通に驚いた
実地でしか味わえない本物さみたいな
本物さこそがこの畏怖を湧き出させる
とめどなく
とめどなく
本当のリアルさが弄くり回す
好奇心が笑う
探求心が踊る
怖くて触れられないのは
強まりすぎた畏怖の想いのせいではなくて
手前で体が引き戻るのは
好奇心が失せたからでは決してなくて
ただ鉄橋の影に隠れたところ
文字通り本当に一番暗いところ
水に抉り取られたような窪みがあって
なにか棲んでいそうな神秘が
むしろ神秘を通り越したなにかがある気がした
何度も通ったことはあるけれど
上流とそれとは別の流れとがぶつかり
溜まり場のくせに水は溜まらずに流れゆく
生温く何かかが蠢いていた
吸い込まれることはないけれど
臓器が全部抜けていきそうな気分を知っている
知っているから直視しない
見てしまえばそれこそ臓物がひっくりかえる
混沌ではない混沌に呑まれる
本当に生温い流れに気を失いそう
人間の無力さと不自由さを叩きつけられる
小童が何をしていると
屑物と笑われる
屑物として流される
屑物は屑物らしく
おとなしく自然摂理の中を歩いていろと
それでも好奇心が失せないのは
そこにある何かを知りたいだけ
屑物と笑われるのが厭で
自分のちからで掴んでみせると希いたいだけ
「こども」ごころを
消せないだけ
とことん長くなってしまった二ヶ月前(8月お盆…)の詩。