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序章
 2 ロード家 / 兄弟
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 「フレイムッ」

 呼び掛けても、返事がない。

 フレイムはまっすぐこちらを見ているのに、声に反応する素振りは微塵も見えない。

 剣を交える速さが、次第に速くなってきた。オールは、釈然としないが、今この状況に流されることにした。判然としないものは、その流れに入り内側から内包するものを暴いてゆけばいい。父にそう習った。

 ただ、そうして当分の目的を忘れてはいけない。

 フレイムが左逆手で構える。応えて左手で構える。

 大地を蹴る。

 「……ッ!」

 振りかぶった剣先が、フレイムの腹をかすめた。

 (…いや、これは)

 オールは剣ごしの感触に戦慄する。しまった、と剣を引き戻す。しかし、フレイムがにやりと笑う様にさらに戦慄する。狂っているようにしか見えなかった。

 「フレイム…!」

 オールの鋒が、確実にフレイムの腹を切り裂いた。感触から考えても、さきほどの傷よりかなり深いのではないだろうか。

 「ハッ…!」

 フレイムが何かを堪えたような息を吐く。

 しかし、彼の顔は痛みを耐えているというよりも、笑いを堪えているような形相だ。

 (……構わないという訳か)

 不信感と殺意が脳の片隅を過る。ここでフレイムを心配しても、それはフレイム自身が厭がるだろう。迷いながらも構わず再び斬り込もうと構えたとき、一瞬、フレイムが動きを止めた。狂喜に満ちた表情が消えていく。左手に刀を持ち、右手は腹を抱えていた。その右手で、ゆっくりと顔面を覆う。

 (何だ、)

 身震いがするわけでもない、恐怖ではない何かで体が固まっている。

 刀を構えたまま動かないオールをフレイムの紅い左眼がとらえた。そして、ゆっくりと顔を覆っていた右手を下ろしていく。

 無表情、眼差し、紅い、紅い眼。不気味さが、初めてオールの胸ぐらを掴む。その瞬間。

 「―――…」

 ズズ、と這いずるようにそれは、現れた。

 実際に音が聞こえたわけではない。感じたのは、身を斬るような空気と不気味さだけだった。耳に入るのは、自分の吐く息の音だけだった。

 フレイムのすぐ傍ら、背後。

 紅い、しかし焔のように色が揺らめく紅いものが、幾何学的な模様を描きながら、時々液体のように流れながら、形を成していた。

 線形に三角形や短い線や点が並び、入り乱れて判りづらいが、明らかにそれは人の形だ。まとまった丸い形から少し下がった位置から、左右に離れたところに二本のまとまった棒が下方にぶら下がっている。その棒の先には、"指"と思われるものがある。そしてその下の位置に、大地から二本の"脚"を生やしている。

 もう一度見上げる。口と眼とおぼしきものが真っ紅な中に穴のようにある。

 (人…なのか?)

 その口が、歪んだ。

 “――――――!!!”

 それが口角を上げて笑ったのだと気付く。音は無い。それは立体には見えないから、発声器がその喉にあるような有機体ではない。つまりはそれは生物ではない。

 しかし、明らかにそれは笑ったのだ。

 オールはその場から数十歩退がった。

 “―――!”

 今度は素早くその口が動いた。

 動きを思い出して、言葉を読み取ろうとしていると、また動き始めた。

 「――逃げんなよ!!」

 「…ぇ」

 オールは唖然とした。

 その口がそう言っていたのかはわからないが、その言葉がやけに口の動きと合致していた。

 「何をした」

 弟、フレイムのその言葉が。

 「一体何をした、フレイム!!」

 「悪りぃな、兄貴」

 フレイムは、やはりにっこりと、笑うだけだった。

 フレイムは右逆手に刀を持ち替え大地を蹴る。同時にそれは大地を滑り、瞬く間にオールの背後についた。フレイムを見失わないように首を回してもその全体像は見えない。死角に入ったのだ。

 (……これが狙いか…)

 何かによって攻撃手が2人に増えれば、単純に戦力は倍になる。倍になれば、挟み撃ちは当然の戦法だ。

 躰をその傾けて視界の両端に2つの姿をとらえ、『信』を張りつめた。2方向からの攻撃に対するためだけではない。それが何なのかを知るためだ。

 それが口を引き結ぶ。やはり口角は笑っているように見えた。

 すると差し出した右手の先に、紅いものが集まっていく。ずるずると集約されていく様に、違和感を感じた。そうしてできた形は、フレイムの得物、黒彼岸と同じ、大刀の形。

 (変形して思い通りの武器を生み出せる。といったところか)

 フレイムが構えた。

 (来る)

 身を屈めて一歩下がり、影を2つ、完全に視界に入れる。振り下ろされる刃を片方避け、片方を自らの刃で受け止める。避けた方には後ろをとられた。オールは身を翻しそちらからの攻撃に備え、止めた方からの攻撃を避ける。そうするとまた後ろをとられる、その繰り返し。間髪を入れず打ち込んでくる2方向からの攻撃に、防戦一方だ。

 (やはり剣技だけでは追いつかないか)

 オールにとって、これはあまりにも分が悪すぎる。

 (…『信』を、使うしかない)

 フレイムがこの“修行”を“実戦”だというのなら、なおさらだ。
 もう一度構える。フレイムとその紅を交互に見遣り、眼を閉じる。

 「……っ」

 途端、風が動く。フレイムが動いた。オールは『信』を、張り詰める。

 



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「我らが導よ、我らとこの世界を導き給え」