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序章
 2 ロード家 / 兄弟
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 「……はあ、はあ、…ここは、丁度いいか」



 走りに走って、たどり着いた先は父母が管理する地下倉庫の一角だった。いつのまにか母屋に移り、地下まで下がっていたらしい。

 地下、と言っても父母の地下倉庫は地下三階まで広がり、二つに分かれている。あまりに巨大なため、長兄五人も全貌を見たことは未だない。地下一階の、今二人が居る一角、半地下のように床があげられていて少しだけ地上に近いところは、アスハの私物がひしめいている倉庫だ。

 倉庫の様子は、金属の廊下天井・床は鈍色で環境光にわずかに光り冷たい印象を受けるが、天窓から見える木陰と木漏れ日が有機的な暖かみをもたらしてくれる。ものづくりが好きなアスハが誇らしげに話していたのをスティルは思い出す。

 (この家は父さんが作ったんだろうか)

 父はいろいろなものを作るのが得意だ。アクセサリーに始まり、家具・武器・馬小屋・東屋などなど。土木技術を習ったことがあるのだろう、ぽんぽんとなんでも作り上げていく父の姿に何度感心したことか。

 一方で母は作る、より管理する方に長けているようである。畑仕事や図書室の管理など、父よりも母の方がよく把握している。また星のいろいろなところから知識を吸収している。兄弟の前でうんちくを披露していた。そんな知識比べで父が不本意そうに拗ねていたのを覚えている。

 木漏れ日の光は、家族団欒の記憶の中には必ず存在していた。

 (……この光はとてもあたたかい)

 そんな空間にまた、ばさりと音がした。

 『おい、ストーム』

 ストームは呼ばれた方を見遣った。

 誰かは分かっている。

 「ルーク。ごくろうさま。ありがとう」

 視線の先には、明るい灰色の鳩が居た。『七禽』である。

 舞い散る白い羽毛とともに現れた鳩、ルークはくちばしを動かさないままその独特な声を響かせる。魔物はひとの言葉を話せないため、脳を使ってテレパスのような話し方をする。

 『さっきのウサギだが、うまくまけている』

 「そうか。助かる。…で」

 ストームは片腕で抱えていた荷物を地面に下ろし、大きく息を吐いた。もう大丈夫だろう、ここまでは来ないと踏んだのだ。

 『あれに敵意は無かった。ついでにあれを使役した奴にも敵意は無かった。メルノがつまらないと憤慨している』

 “目くらまし”を長くやっていたせいだろうか、ぼさぼさに跳ねた羽毛をくちばしで繕いながら、ストームの問いに答える。実は百舌のメルノが怒っているというのが主題のつもりなのだが、それを言うルーク自身も憤然とした様子である。

 「……そうか」

 その意図を性格の読み取ったのか否か、納得いかないようなよく分からないような怪訝な表情で、ストームはルークの答えを労った。もう少し気の利いた言葉を選ぶべきだったと後悔する。

 そこへスティルが口を挟んだ。

 「使役してる人は、どこにいるか分かる?」

 スティルも荷物を地面に置いて、疲れたのだろうか、床に膝を立てて座っている。いわゆる三角座りである。手を立てた膝の上に置いて、上半身を丸めて脚に預けている。そんな状態でスティルの蒼い瞳がルークを見る。

 『…あまり遠くには居ない。むしろ近い。屋内にいる』

 「なに」

 ルークの戸惑うような、しかし断言された答えに、今度はストームが食らいついた。

 『いや、敵意は無い。ここにいる者に危害が加わることは無いはずだ』

 あからさまに語気が強くなったストームに、弁明するようにルークは説明した。仕方の無い奴だと内心溜息を吐くが、こうもいきり立ってしまうと、ストームはなかなか落ち着いてくれない。

 ストームの元に来てから、だいぶ長い時間が経っていた。

 「危険がないとなぜ言い切れる」

 今度はストームが憤然とする。

 眉をひそめて、スティルとルークを納得いかない、というような表情で見つめている。

 そんな兄を、スティルはさも当然というように見返した。

 「危険なひとだったら、今頃もっと事態は切迫してるよ」

 弟の言葉に、兄の眉間のしわはさらに深くなった。

 「もしかすると、逃げずにあのウサギを見ててもよかったんじゃないかな」

 しかしとってつけたような言葉に、今度はルークまでも訝しげな顔をする。ぐっと躰を強ばらせて、臨戦状態のようだ。しまった、と思う。

 『スティル、』

 「…うーん、ごめん…」

 詰められる前に、両方の掌を頭の前で合わせて謝る。

 「メルノにも、ごめんなさい」

 元々小柄なスティルが、三角座りで縮こまっているせいでさらに小さく見えている。

 ストームが、ふんと息を吐いてその場にあぐらをかく。まだ納得がいっていない様子だ。



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「我らが導よ、我らとこの世界を導き給え」