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序章 2 ロード家 / 兄弟 [←novel menu/back] [1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11][12][13] |
あざやかだ、とオールは率直に思った。フレイムの、男性にしては肉つきの悪い白い肌に、彼の髪のように鮮やかな紅色が踊っている。入れ墨の赤でもこんな色は出せないだろう。それがいかにこの模様が入れ墨によるものではないことを知らしめていた。 しかし次に放たれたレイの言葉に、さらに驚愕する。 (使徒、神の、使徒………) 使徒、アパスルとは、「神」の命令を忠実に実行する、兵士や臣下のことと言われている。伝説上の話しか聞いたことがない。その模様を刻まれたフレイムを目の当たりにして、オールはにわかには信じがたかった。 「…それが使徒のものであるという、証拠は」 信じられない、という気持ちをこめられたオールの訝しげな視線に、レイは眉尻を下げて笑う。フレイムはふいっと顔を背けてしまった。 「あたしが見たことあるから…」 それと、とフレイムにシャツを戻すように促して続ける。 「まだ詳しくは明らかにされていないけど…使徒はね、特別な能力を持っているの」 フレイムのシャツが戻される。鳩尾のあたり、模様があったところに掌を置いて、レイが続ける。フレイムは背筋を伸ばしたまま少し俯き、前髪で表情が見えない。不思議な光景だと、オールは思った。 「一つの躰に、個体は一つしか存在できないけれど」 個体、とは要するに生物の単位のことだが、一つの躰と一つの心・心理・精神と、魔族であれば五つの体、で成り立っている。一人の生物は一つの肉体(躰)しか持たない。自然の摂理である。 母とフレイムは同じぐらいの背丈だが、フレイムがかかとの高い靴を履いているので、少しだけ頭の位置が違う。レイはフレイムの額に自分の額を合わせるように、寄り添っている。フレイムは先ほどからほとんど無表情で動じないまま、レイの為すままになっている。 「この子の場合は、全く同じ個体を二つ持っている」 レイはフレイムと額を合わせたまま瞼を閉じて静かに語る。しかしその話は、単語一つ一つは理解できても、オールには意味を解することは出来なかった。 「一人の人が個体を、…二つ?」 「理解できないでしょう。それでいいのよ」 意味を反芻しようとして漏れた言葉を、レイは遮るように鋭く言い放った。 「使徒は一般の人の摂理を離れて生まれたものなの。人の摂理から離れたものを、人が理解しようなんて不可能なのよ。」 オールは、突き放されたように感じた。さらに、使徒、と言われたフレイムを理解できなくて当然、と言われたような気がして愕然とした。弟であったフレイムが、急に遠い存在に思えてきた。それが信じられなくて、本当に目の前の弟の話をしているのかと、漠然としない考えが頭を埋め尽くした。 (理解できない…そんな) 「使徒は、…生物の家系の中に突如発生するの。隔世遺伝でも何でもなく、生まれ出るもの。その能力はアットランダムだし、能力の由来も解析されていない。だけど本来解析することもできないほど、複雑で難解なのよ」 「そ、れは、…母上は……」 オールは思わず漏れてしまった言葉にはっとする。考え為しにぶしつけな質問をしようとしていた。最後まで話さなかったことにほっと安堵する。 しかしレイは『信』を使ったのか、オールの意図を正確に読み取った。 「…あたしも、魔力検査とか精神力分布とかいろいろ調べたんだけどね」 顔を少しオールの方に向けて、苦々しく表情を歪めて微笑む。 できるだけのことをしたのだろう。父と肩を並べて研究熱心な母のことだ。息子の躰に不可解な模様があったとなれば、解明するまで突き止めようとするだろう。 しかし、それを苦々しく思うということは。 「本当にすべて調べようとすれば、…それはもう人に対してするようなことじゃない」 急に笑んでいた表情を引き締め、真剣な表情と声色で、語る。 オールは息を呑んだ。 「まして自分の息子に、出来るようなことじゃないのよ」 レイはもはやフレイムの能力に触れたくはないのだ。彼女の態度が如実に語っている。 レイが願おうとフレイム自身が願おうと、誰が願おうと今わかっている以上のことを知ろうと思えば、それはフレイムを傷つけることと同義だと知っているのだ。レイは母として、フレイムの能力を隠して触れないようにしている。使徒を、否定している。 「フレイム」 顔を上げ、合わせていた額を離した。呼ばれてゆるりと瞬きをする。 「言ったでしょう。この力はもう使っちゃだめって」 「…すみません」 きゅ、と胸に置いた掌に力を込めた。レイの声は切実そのものだった。 「わかる人には、この力が何から来ているものなのかわかってしまう。心ない人たちはあなたを調べようとするでしょう。そんなことはさせてはいけないのよ」 レイは悲しかった。 それでもわかった、とレイはフレイムに言い放つ。 フレイムは、ただ長い前髪に表情を隠して、 「すみません、かあさん」 と、ただ繰り返していた。 |
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「我らが導よ、我らとこの世界を導き給え」