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序章
 2 ロード家 / 兄弟
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 ストームとスティルは、対応に困っていた。

 「………どうしたらいいんだ」

 「……さ、あ…」

 二人の足下には、一匹のウサギが座り込んでいた。

 場所はアスハとレイの子供たちが住む、自室が集められている――平たく言えばアパートのような――建物の中、
下倉庫のドアの前だ。

 この建物は、リビング・ダイニングや書斎があり父母が住むいわゆる母屋から少し離れている。細長い円筒の形をしている一つの棟が、七、八本母屋に寄り添うように建てられている。すべて三階建て・地下一階で統一されていて、各階でそれぞれの棟を行き来できる。この渡り廊下は母屋をもつなぐため、ちょっと大規模な迷路のようになっている。五人の長兄も、昔はよく迷ったものだった。

 一階は書斎、と言われているが、子供たちにとっては勉強部屋のようなものである。二階に個人のリビング・ダイニングがあり、そちらで本を読んだりすることもあるが、こちらはどちらかというと他の兄弟との団欒の場所だった。簡単な流しが設置されていて、食事することもできる。三階は寝室である。ストームの部屋にだけ大きなベランダがあり、不公平さを感じている他の兄弟はうらやましがっている。オールやスティルたちも例外では無かった。

 そしてその地下には、それぞれの子供たちに与えられた倉庫がある。自分のコレクションだったり、買ってきたものだったり、借りてきたものをしまう場所だった。

 ここに、父親から譲り受けた座標地図や世界基準時計、コンパス・旅行鞄・非常食などなどがしまわれていた。ストームとスティルは、宇宙への旅のために自分の荷物をまとめに来ていた。

 「荷物は、全部持って行くつもり?兄さん」

 スティルが尋ねる。

 「いや、必要なものだけにしようと思ってる」

 別に置いていくものが要らないからというわけではない、ストームはそうつけ加えた。

 「宇宙には出て行くけど」

 ぼんやりとこれからしなければいけないことを思い浮かべる。家族のことや連合軍のことなど、たくさんありすぎて、浮かんでは消え浮かんでは消えて、頭の中はまとまらなかった。

 大変なことになったなと他人事のように思いながら、ストームはスティルを見てにっと笑う。

 「俺たちにとって帰ってくる場所はいつでも、ここだろう?」

 「―――はい」

 “ふるさと”。そんな言葉が脳裏を過ぎる。判然としない言葉だったが、今思えば分かる気がする。そして何千年後遠いどこかで思えば、もっと分かる気がする。

 二人はそれぞれの種族を引き連れて、彼らにとっての“ふるさと”にすべき土地を探しに行く。今の土地、地球の土地を棄てて新天地へ往くのである。

 しかし二人にとっては、このアスハとレイの暖かい懐から、後ろを振り返らずに飛び立つことは考えられなかった。

 「思い出が思い出せないような、場所にはしたくない」

 ストームの言葉に、はい、とスティルはまた返事をした。



 そして荷物の整理を終えて、いざ父の元へと戻ろうと倉庫の扉を開けたところで、

 「……なぜウサギがいるんだ」

 この状況である。



 「近くにウサギの巣穴は無かったはず…それに、こんなに真っ白なウサギ見たこと無い」

 「…おまえはアースか」

 ちょこん、という擬態語が似合いそうな様子で居座る白ウサギを、スティルは屈んでまじまじと見つめていた。見当違いでも無いが、大事なことはそこじゃないんじゃなかろうか、とストームは内心呆れていた。溜息を吐きたくなる。

 「だって兄さん、眼が青色のウサギなんていないよ、天変地異じゃない」

 そう、一番大事なことはそれだ。この白ウサギ、眼が赤と蒼のオッドアイなのである。

 (十中八九、……使い魔だな)

 同意を求めるような、縋るような眼を向けるスティルに今度は本当に溜息を吐いて、両手で抱え込むように持っていた旅行鞄を片手で持ち替えた。

 『一陣の風、青天の浮き雲を散らして――』

 言うやいなや、ひゅう、と風が吹いた。そして瞬く間に、ストームとスティルの目の前に白いものが舞い散り、飛び交う。

 「――…ふえっ!? ちょ、兄さんっ、えっ??」

 何をするのかとスティルが問う前に、ストームの手がスティルの腕をつかみ、引いた。いきなり引っ張られたスティルは前につんのめりながらも脚を動かして持ち直す。

 「行くぞ、走れ」

 「――え?」

 ちゃんと立ったことを確認した上で、ストームはさらにスティルを引っ張った。今度は引っ張って走り始めた。ストームの言葉について行けなかったが、とりあえず走らなければならない、とスティルは理解した。訳が分からないが、走る。

 「え、ちょ、兄さん?」

 どうやら白いものは羽毛のようだ。ばさばさという音と風が唸る音があたりを包む。

 「『七禽』に手伝ってもらう。その隙に逃げるぞ」

 いやだからなんで逃げるの――そんな疑問は今は会話に混乱を招くだけだ。

 そう判断したスティルは、『七禽』という言葉を思い出す。

 『七禽』は、ストームが宇宙観光をした際に、とある貴族の邸宅から譲り受けた魔物である。雀・鳩・百舌・鷲・鷹・イタチ・ヤマネコなどの七種類の鳥類とほ乳類で、精神力の扱いに長けている。契約は『七禽』全員と果たしたのだが、鳩と百舌の二羽はストームを気に入ってくれたようで、元々の契約主が「連れて行っていい」と言ってくれたのである。

 先ほど風と共に現れたのは、その二羽である。

 「兄さん、あのウサギ…」

 兄はあの場所から逃げるために鳩と百舌の二羽を呼んだのだとスティルは整理した。すると一気に頭の中の混乱が解けたので、周囲や自分の状況が、ようやくよく理解できた。兄に引っ張られている手が痛い。あと走っているためか息切れが起きている。しかしそこからふと過ぎった考えに、そのへんは後にしようと思い、とりあえず口に出そうとした。

 「あれは魔物だ」

 それをストームはぴしゃりと遮った。

 ああ、うん―――スティルは頷く。それを横目で見て、弟の手を引いて走る兄は続けた。ばさばさという羽ばたきの音は未だ廊下に響き渡っていた。まるで二人の真後ろで鳥が羽ばたいているような音だ。

 「兄さん―ちょっと手が痛く………」

 痛くなってきて、と言おうとして、まるで兄を責めているようだと思ってしまった。思ってしまったら喉からなかなか言葉が出てこなくて、最後のほうは尻すぼみなかすれた音になってしまった。

 ストームは少し歩調を緩めて、首をくるっ、とスティルのほうに向けた。

 そしてスティルの表情を伺い見て、状況を把握したらしい。

 「あ、…と、すまん」

 足を止めて、それでも衣天にも駆け出しそうに足を浮かせている。スティルの手首をつかんでいた、左手が戸惑いがちに離される。

 (……?)

 スティルはその様子を訝しげに思うも、とりあえず荷物を両手が抱え直して、兄に言った。

 「ううん。大丈夫だよ」

 ストームは、そうか、と申し訳なさそうな顔をして、また前を向いて走り出した。

 とにかく兄にとっては、あの白ウサギから逃げることがすべてらしい。

 「兄さん、それで」

 鞄いっぱいに詰めた荷物が崩れないように、もう一度持ち直してスティルはストームの後を追いかける。思い直すと、一気に理解が早まったとは言え話の腰を自分で折ってしまった気がして、弁明のように思いながら兄に声をかけた。

 ストームはその言葉を数秒ほどかけて咀嚼して、先ほどのウサギの話の続きだと理解した。

 「どこの使い魔ともしれないから、メルノに目くらましを頼んで、ルークに逃がしてもらった」

 「メルノとルーク…ああ、あの二羽…」

 「あれ、言ってなかったか?メルノが百舌で、ルークが鳩」

 「うん、初めて聞いた―」

 「…すまん、」

 再び申し訳なさそうに、眉をハの字にする兄を見て、スティルも申し訳なさそうに笑った。

 兄はどうやら、メルノこと百舌の得意技、“変わり身”で二人の居場所を拡散させ、あの白ウサギが目標を定められないようにして、さらにルークこと鳩の“目くらまし”―あの白い羽毛の嵐である―で二人があの場所を離れる時間稼ぎをしたのである。

 白ウサギはおそらく、二人の生命エネルギーを感じ取って追っている。そして地下倉庫の前で感知したウサギは、その生物が現れるまでじっとドアの前で待っていたのである。

 (おそらくあのウサギが探していたのは僕らだ、…僕らが実際に目の前に現れても、何もしなかった。まるで誰かの指示を待っているかのような…)

 スティルは推測する。

 あの白ウサギは単なる探索用であって、攻撃用では無い。無害だ。しかしまあストームは疑り深く、白ウサギを使わした謎の相手に、自分たちが知られ見つかる前に逃げなければと、判断して今走っているのである。

 スティルも確信は持てないので流されるまま広い家の廊下を走っている。

 件の白ウサギが、弟の使わしたものだというその推測が正しいにも関わらず。




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「我らが導よ、我らとこの世界を導き給え」