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序章 2 ロード家 / 船 [←novel menu/back] [1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11][12][13][14][15][16][17][18] |
「…なんで分かったんだ」 「いやー俺のアース溺愛伝説は知ってんだろー?分からねぇはずないってー」 仏頂面をさらにしかめて、不満そうな声でオールは呟いた。 アスハ邸の一階廊下。 オールが納得いかないと散々ぼやく先にいるのは、勝ち誇ったように廊下を進むフレイムと、その先で、窓に頬杖をついているアースだった。 フレイムはウサギが誰かに使役されている魔物であり、さらにアースの魔物だと推測した。そのうえで「主人はどこにいる」「主人のところまで案内してくれ」と語りかけると、素直にここまで導いてくれた。 「喋るヤツだったらわかりやすかったのに。あえて喋らない自然体らしいヤツを喚ぶあたり、アースらしい」 フレイムは穏やかに笑う。フレイムの笑う顔はよく見るが、なぜかふれると暖かいものがある。 「フレイム兄さん。オール兄さん」 兄を呼ぶ嬉しそうな声。 開口一番の台詞は問題ないが、声色と正反対な無表情の末弟に、二人の兄は近寄った。 すると歓喜に見開かれていたアースの真っ黒な瞳が、不意に濡れる。 「きいてよー僕は泣きそうだ」 泣きそうだ、といえば確かに泣きそうな表情だが、アースは生来目元の表情が薄すぎるのだ。眉尻を下げて口をへの字にするだけだ。 しかし慣れた兄二人は、何があったと促すと。 「ストーム兄さんとスティル兄さんに逃げられた…」 「は?」 「……」 「……俺らは母さんに逃げられたけどなー」 「は?」 少し間を置いて不可解な表現を呟いたのはフレイムだ。やはり無表情で首を傾げるアースは、頬杖をやめて窓の腰壁に背中を預けた。 「……まあ、間違いではない…」 オールは溜息を吐いて、アースにいきさつを話した。 「そういうこと」 斯く斯く然々。 フレイムが使徒であったということは伏せて、二人で修行していた場に母が居合わせ、お茶に誘われたことをかみ砕いて説明した。 「母さんはなんでもお見通しだね。修行の頃合いを見計らったんだ」 感心したように腕を組んで嬉々とする。オールは苦笑いした。 「母上は家とか庭のことなら熟知している。俺の屋敷は直ぐ近くだし、俺の屋敷で戦闘があるのも珍しいし」 「……感心してんなよ。俺は母さんのお茶が飲めると思ってたのに」 「……そんなに拗ねるなよ、探せばすぐ会えるだろ」 顔をしかめて呟くフレイムに、オールは可笑しそうに言った。 (さっきは自分がしかめ面をしていたのに) レイは広大な邸宅と庭の管理を一任されていて、まさに一家を支える大黒柱だった。母のもとでは必ず安全、という確証のようなものだった。 豊かな庭で自給した食べ物を持って家族に振る舞う様は、その懐から大地の恵みを溢れるようにもたらしてくれる、自然の権化のようだった。そしてそれは、子供を養う側になった今でも変わらない。 距離が離れているとはいえ、オールの屋敷の周囲は、アスハ邸の周囲環境と連続している。自然を感じる場所にいれば、自ずと母の存在を連想させるほどだ。 (―――つつみこまれている) そんな錯覚がする。いや、錯覚ではないのかもしれない。溢れるような恵みと、やわらかな叡智で護られている気がしてならない。 「俺の知り合いの中で血気の盛んな奴なんか少ないだろ?もしかしてフレイムあたりがいるんじゃないかって察してみたんだろう」 だからかすかな魔力の反響も、彼女は正確に捉えている気がする。 「……そういえばアースは今日はどうしたんだ?」 フレイムが問うた。 「え?僕?」 「うん、おまえんち俺の敷地と5倍くらい離れてるだろ?」 「4.6倍だけどね」 「変わんねえよ」 フレイムがおかしそうに笑った。 「うーん、何でもないよ?特に理由も無く」 つられて笑ったアースが、あっ、と閃いたように二人の兄を見遣った。 「兄さんに会うの20年ぶりなんだよ!!」 「…えっ」 「…あーほんとだ」 兄にしては意外だったらしい。目を丸くした二人の様子に、アースは再び嬉々と表情を綻ばせた。 しかしフレイムがにやりと笑い、 「…うわっ!?」 「くそー途端にかわいさが倍増してきたぞ、このバカ弟!」 「えええええええ??」 急にアースの頭を抱きこみ、頭を撫で繰り回した。アースは「うえうえうえうえええ」と意味不明な呻きをあげている。 「ふふ、フレイム、そこそこにしておけ」 じゃれる弟たちに、見ていたオールはからからと笑いながら言った。 「おお!!兄貴の笑った顔!珍種だぞ、見たかアース!」 「え?え!?何??何なに!??」 咎められたフレイムは、そんなこと構いもしないかのようにアースの頭を抱え込んで場違いなことを言っている。彼の表情はころころと変わりやすくて、傍で見ていて全く飽きない。 対してアースは、驚いても嬉しくても楽しくても、決して目元からはそんな感情はうかがえない。 |
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「我らが導よ、我らとこの世界を導き給え」