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序章
 2 ロード家 / 兄弟
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 生物は年をとるものだ。しかし、一般の人間が、一年に一つ年をとり外見も老化していくのに対して、彼らの外見は年をとっても、躰が成長・あるいは老化することはない。

 外見は、容姿が人間の三才ぐらいに成長するまでは一年もないほどである。しかしそれからは急激に遅くなり、肉体的にそれ以上の成長、すなわち活性化した細胞を作り出し維持することは出来ないという限界のところで、躰は成長を止めてそのままの容姿を維持する。

  一年で「一才」年をとる。しかし彼らはかなりの長寿で、平均では10億年生きると言われている。成長速度には個人差があり、成長が止まるのが早ければ高齢でも子供のような姿をしているし、遅ければ年相応の容姿、ということになる。

  ちなみに「十億九千四百五十万一千二百四十才」というのは非常に面倒なので、十二年で「一還月」、一万年つまり「一万才」で「一継月」という数え方をしてごまかす。そのため先ほどの数字は「十万九千四百五十継月」という言い方をする。「一万年」はおよそ「一歳」ともいう。

  アースは現在二十六継月、まだ若年だが、結婚もして子供も産んで、いざ第二の時代という時代である。成長の止まりは比較的早かったようで、十歳前、人間では19才くらいの容姿で止まった。

  だいたいは二十才から三十才くらいの間の容姿で止まるのだが、二十才・十九才前後のスティルとフレイム、アースは早めだった。

 (―――そうだ)

 アースの成長が止まったときだった。


 「…ほんの出来心だ」


 アスハは愛猫に語る。その瞳は普段と同じく陽に照らされて緑色をしていたが、よくみると違うことがわかる。花びらのような黒い模様が浮かぶ、それをみつめる愛猫・クウェロの瞳も同じような模様が浮かび上がる。

 「クウェロ、頼みがある」

 クウェロとは、アスハとレイの愛猫である。黄茶の毛並みで、アスハとよく似た碧色の瞳をしている。魔族などではなくごく普通の猫だが、生物の言葉を話し魔法を使いこなすという、かなり珍しい猫、つまりいわゆるスーパーキャットというものだ。そのため、好奇の目にさらされたクウェロを、動物愛護に煩いレイが保護しているのである。

 そのクウェロは、呼びかけられたにも関わらず、黙ってアスハの言葉を聞いていた。


 思えばあの頃から、アスハの中に燻るある感情が顕著だった。

 朝起きればまだ不安定な地球の環境の調整にいそしみ、生まれゆく生物たちの発見・観察をする。未熟な星で育まれていく生命を見守ることが、この星を作り上げた抽象神たちから与えられた、アスハたちの役割だった。一日三回、家族やクウェロたちと食事を摂り、ほどよく空き時間を作って趣味に講じたり子供たちの勉学に付き合ったりする。

 (もしかすると……)

 それは次第に確信へと近づいていった。

 (もしかしなくても、そんな日常を壊し崩してゆく存在を必ずしも善くは思っては、いない)

 アスハは、心のどこかでそう、感じている。

 遡ればオールが生まれる前の、アスハとレイ、クウェロという家族構成の時からそれを感じ始めていた。子供が生まれると知り、レイの腕の中ですくすくと育ちゆく子供たちを見て、沸々と肥大していた感情だった。


 (―――日常なのだ)


 言い聞かせてきた。

 それが“普通”ならば、それが日常となる。“普通”に起きて続いていることであれば、どんなに違和感があったとしても、すぐに日常に変わる。

 日常は時の流れと共に変わりゆき、進んでゆくもの。

 小さかった五人の子供たちはいつのまにか大きくなって、母に連れられて庭を歩き回っていたり末っ子を探して家中走り回っていたりしたのももう遠い昔になってしまった。小さい子供たちは彼らの弟たちへと変わり、次第に一人一人が自分の趣味を作り、自分の時間を作り、快活でよく変わりやすい表情を見せていた彼らは、いつの間にか穏やかな大人びた表情をするようになってしまった。

 変わるものがあれば、変わらないものもある。長い時間を生きてきたアスハにとって、当然のことだと分かりきっていたことだった。

 (しかしひとの心は流れゆかず)

 『信』を使いこなす自分が、ひとの心を量れぬとは、アスハは自嘲気味に笑った。

 目の前の日常が変わりゆくならば、それを作り出すひとの心も変わりゆくものだと、信じて疑わない本能が、自分の中にあった。

 (時は―――)

 分かっているつもりで、分かっていなかった。

 (私の心を置いてゆく)

 もうすぐアースの成長が止まろうという頃、五人の弟妹は十人を超えていた。相変わらずレイは育卵器を使わずに自らの腹から児を産んでいた。

 子供はまさに子宝、大切にしたいというレイの思いは一番初めから変わらなかった。子供が増えることで少しずつ変わった生活、レイ自身、五人の長兄、それぞれがどう変わろうとも変わらずとも、深い詮索をしない父・アスハには、あまり関わりの無いことだった。


 (こんな不安を、誰かに悟られぬように)


 燻っていた感情に火がついたようだった。

 しかし誰にも相談出来なかった。思春期でもあるまいし、と本気で辟易したが、事実だった。常日頃から『信』で心を隠し通せないレイにも長い間悟られず、膨らんでいったわだかまりを持てあましていたのだ。


 (この手の中にあれば、―――こんな不安も消え去るだろうに)


 点った火は静かに燃えさかり始めた。

 あまりに焦れていた。その結果、深く物事を考えずに、起こしてしまった行動だった。しかし確かに衝動的ではあったが、その反面かなり冷静に慎重に行動していた自分がいた。

 振り返ってみたが、そんな自分を疑うことは出来なかった。





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「我らが導よ、我らとこの世界を導き給え」