アースは探検するのが好きである。
知らない家を通り過ぎれば、足を踏み入れられるぎりぎりのところまで入ってみる。見たことのないものに出会うと、見つめて眺めて、触って撫でて観察する。鉢植えの植物なども、眺めて語りかけて眺めて眺めて、観察する。鳥がいれば逃げない距離で呼びかけてみる。眺める。馬でも猫でもネズミでも、言ってしまえばゴキブリといえど、それはアースの観察対象だった。
昔から、暇さえあれば両親の家を探索していた。しかし両親の家はとても広く、さらに庭も広いので、妻を娶って子供が出来た今でも、未だすべてを掌握できていないと思う。
(…フレイム兄さんとよく走り回ってた)
それもこれも、いたずら好きな兄の影響があると思う。
フレイムは家族にはあまり執着しなかった。庭の植物を眺めて、植木のそばに隠れているモグラを探り当てるのが得意だった。もともと観察癖があったのは、アースではなくフレイムだった。
高木の葉陰に隠れて枝に止まる小鳥を、探し出すのが得意だった。寝そべりやすい巨木の枝を探すのが得意だった。川辺に足を入れて、きらきら光る綺麗な石を探すのが得意だった。魚を捕まえるのが得意だった。魚を捕まえては炎で焼いて食べるので、クウェロにかなり懐かれていた。馬を手懐け、アスハの了承も得ずに遠出をすることもあった。レイによく怒られた。
外出禁止令を食らうと、家中に“フレイムを外に出さない”という術をかけられているので、フレイムはしぶしぶ家の中の探索に向かうことにした。外に出られるはずのアースも連れて行かれた。父の書斎に忍び込んで見知らぬものを観察したり、よくわからないドアを見つけて鍵をこじ開けて入ってみたりした。アスハによく怒られた。
その後は図書室の本に興味を示した。一番初めは書斎にあったバイリンガルの辞書だったが、それをきっかけに本という本を読みあさり、4,5年もすれば2,3種類の言語は理解できていた。それだけ読めれば辞書無しでもほとんどの本をすらすらと読み進めることが出来た。朝から晩まで図書室にこもり、ご飯も食べずに本を読んでいたことがあったという。これもレイに怒られた。
最初の頃は好奇心旺盛なフレイムだったから、怒られるだけだった。
しかし時が経って外出禁止令が解かれても、本に対する執着は消えないまま、なおかつ無断外出する脱走癖も消えないままだった。年頃に相応しくない好奇心の強さに、アスハがついに怒声を浴びせたのだ。
オールが『信』で子供を作り、顔を真っ赤にしたスティルがストームに、「好きな子がいるんだ」と告白していた頃だった。
「何をやっているんだフレイム!!」
人影の多い町の近く、川辺に近い大きな楠の下、アスハが木の上を見上げていた。
「いつまでたってもそんなことをしているから嫁を取れないんだろうがっ!!!」
スティルやストーム、アースさえ見初めた女性を見つけていたが、残ったフレイムは思春期など知ったことではないというふうに、異性や恋愛事に無頓着だった。
その日昼過ぎから川遊びをしていたフレイムは、そのまま側にあった楠の枝の上で眠ってしまった。その姿は腰に布を巻き付けただけの半裸状態で、それをアスハが見つけて「節操の無い、人目を気にしろ」と怒ったのである。
そのまま家に連れ帰られて服を着させられたフレイムは、兄弟が見守る中、家のリビングでアスハの説教を受けた。
しかしフレイムはまったく反省の色を見せなかった。
伴侶となる人を真面目に探せと、しつこく詰められても動じなかった。ついにアスハが焦れて
「せめてその活発さを利用して物好きな女をひっかけようとか微塵も思わないのか」
と、こぼすと、フレイムは憤然とした態度で言い放った。
「兄貴みたいな遊び癖おれは要らない」
「は?」
その言葉にオール・ストーム・スティルが目を丸くする。
フレイムはその兄たちを横目にふふんと鼻を鳴らして続けた。
「ストーム兄貴はいままで20人くらいの女の人と話してた」
「……はぁっっ!!?」
言われたストームは思わず大声をあげた。
驚いているオールは、一呼吸置いてストームに注目した。
「ストーム、お前そんなに」
声色に若干呆れが加わっている。そんなに、に続く言葉は予想がついている。
「何がだっ!!」
しかしストームにとっては心外である。そんな数の女性と関係を持ったなど、事実無根である。誤解だ、と言おうとしたフレイムと目が合い、言葉が詰まる。
「おれは結婚なんて、必要だと思ったときにする。まだ要らない」
そのフレイムはじっとストームを睨みながら、そんなことを言う。
「……はぁ」
アスハはここに来て何度目かの溜息を吐いた。それは2通りの意味がある。
とりあえず暗にまだ恋愛事など無用だというフレイムに呆れたと言うことと、
「ストーム」
躰をぐるっとストームに向けて言う。
「誤解です」
予測していたストームは突っぱねるようにアスハに言う。とにかく、フレイムの言葉では自分が女たらしであるということになってしまう。そうではないので、誤解だと強く主張する。
「とりあえず信じてやるから残らず話せ」
がっ、とアスハが肩をつかんだ。翡翠の瞳がストームを貫く。誤解は解けたかもしれないが、「話せ」と言われておいそれと話せるものではなかった。
「……」
ストームはぐぅと唸り、盛大に顔を歪めた。
すると、見かねたのかスティルが割って入ってきた。
「あ、……あのですね、兄さんはですね、声かけられるんですよ。しょっちゅう、」
「スティルっっ…!!」
スティルの言葉を聞いたが、またも誤解を生みそうな言い方に、思わずスティルを咎める。失敗したと気づいたのか、しかし言い直す言葉が見つからないのか、わたわたと顔を赤くしたり青くしたりする。そんなスティルを見て、アスハは肩をつかむ手の力を強めた。
「わかった。お前が過ぎた女遊びをしているわけではないのだな?」
その言葉を聞いてほっとする。伝えたいことは伝わったようだ。
「はい。そうです。フレイムの言うような」
スティルの言うように女性によく声はかけられるが、かけられただけですぐに別れるので付き合いなどしてない。家族に強い興味を持たないフレイムがその場面を見かけても、交際しているか否かは判断できないだろうから、フレイムの言い分も間違ってはいないが。
やっと父の猛攻撃から逃れられると思い力が抜けたが、しかしアスハの眼光は収まらない。
「まあ、そういうことなんだろう。とりあえず、のこらずその女について話せ」
否、誤解は解けていなかった。
「い、…いやだから……!!」
その様子を、アースはぼうっと見ていた。
詰め寄られるストーム、ぎらついた目で見るアスハ、どうしたらいいか迷って慌てるスティル、しょうがないと静観するオールとレイ、我関せずと窓の外を見ていたフレイム。
(奔放してたなぁ…)
フレイムはほんとうに、小さい頃から家族のことに関しては淡泊だった。
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