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序章
 2 ロード家 / 船
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 「そうか、20年ぶりか。久しぶりだな。アース」

 フレイムに会うのも4年ぶりだった気がした。表情の薄い弟と、声を上げて笑う弟。穏やかな心境で、見つめる。

 長兄のオールも五人の中で最も若いアースも、「年」で数えるのは面倒になるほど年を取ってしまった。彼ら生物(リーフェ)にとって、「年月日」などはとても些細な時間の流れに過ぎない。オールは二十八継月、アースは二十六継月。生まれが五人分違うだけで、二万年だけ差が開いている。
 結局現在では兄弟は何人にまで増えたんだろうか。レイという母はとても気丈な女性だ。一番最近に生まれた赤ん坊に出会ったのはいつだったろうか。あの子とは一体何才分離れているんだろう。
 20年とういう数字はとても小さい。それでも、一日という時間を大事に過ごせば、それほど20年という重さを噛みしめることになる。

 「向こうでは何ともなかったか?」

 自然とそんな言葉が口をついて出る。

 「なに、急にそんな話になって」

 「ほらな、これがおまえのあざとさってやつだ!」

 「兄さん意味が分からない!」

 こんな二人の会話も、当たり前のようであって、とても懐かしいものなのだ。

 「僕のほうは特に何も!…って、ああそうだ」

 相変わらず頭を抱えたまま離さない腕を軽く叩き、アースはフレイムに開放を促した。大事な要件を思い出したように言うので、フレイムは「おう、何だ」とあっさりと腕を放した。

 「ストーム兄さんとスティル兄さんがいたんだけど!逃げられたんだってば!」

 「ああ…」

 「あいつらも来てたのか」

 冒頭、そんなことを言っていた気がする。

 「逃げられたってどういうことだよ。お前見たら兄貴らが逃げるなんてことはないだろうに」

 「そうだな」

 フレイムは腕を組み右手を口元に持って行って考える仕草をして、詳しい説明を求めた。まさか兄貴も、なんか理由があってお前を置いてったのか?と不思議そうな面持ちで伺う。

 「えー違うんだよ」

 しかしアースは口を尖らせた。

 おもむろに両手を併せてすりあわせると、ぷく、とその隙間で何かが蠢いた。見覚えがある。

 「彼らに手伝ってもらったんだ。見つけてくれたんだけど、僕が会いに行く前に、兄さんたちが逃げちゃって」

 両手の間から現れたのは、蒼い眼を持った白い兎であった。

 「何匹か放って、探させていたのか?」

 「うん。僕は今まで誰にも会ってなかったから、兄さん・母さん・父さん誰でもいいから探してって言っておいた」

 「で、兄貴を見つけて」

 ふとフレイムの手が兎の頭を緩やかに撫でた。

 「僕がぬか喜びしてたら、逃げられた」

 「逃げられた?」

 そういうアースの眉間にぎゅっと皺が寄ると、兎は急に落ち着きが無くなった。

 フレイムは空いていた手で兎の喉を撫でた。

 「……あれは七禽(セプティカ)じゃないかなあ。目くらましのせいで、見失っちゃった」

 「……兄貴は気づかなかったってことか」

 「ストームとスティル、どっちだ?」

 掌の上で動く兎をなだめるように、アースの手が背中を撫でた。

 「ん、両方。二人の部屋の地下倉庫にいた」

 「地下倉庫、」

 「すごく大きな荷物持って走っていったみたい」

 「……」

 黙り込むフレイムは、両手で兎の耳を弄っていた。兎はまんざらでも無いらしい。

 君のせいじゃないよ、とアースが呟く。どうやらこの兎が二人の兄を逃したらしい。

 「……」

 オールはふと考える。少し前にアースの言葉に苦笑いをした理由である。

 (母上は、なぜあの場にいたのだろうか―――)

 アスハもレイも『信』の高度な使い手だ。その力を疑うことはない。これまで、誰が地球上のどこにいるのかを完璧に把握していたのは、父であるアスハだった。
 広範囲に及ぶ『信』を使うことが出来るのに、この屋敷に誰かが立ち入ったことを知らないとはどういうことか。アースが兎を出してまで人捜しをしていることを、知らないとはどういうことか。しかも、アースの話によれば、ストームは七禽を出して派手に逃走したらしい。そんな異変に気づかない父母ではないはずだ。


 「母上と父上は、すでに気づいているということか―――」


 気づいていないはずがないのだ。

 「気づいていて、出迎えられないほど立て込んでるってことか」

 ぼそっとフレイムが呟く。寂しげに聞こえたのは、気のせいか。

 「兄貴の話と関係ありそうだ」

 訝しげにアースは兄の顔を見遣る。無表情で口数の少ないフレイムは、真剣に考え事をしている証拠だ。あまり馴染みのある姿では無いので奇妙に見えるのだろう。

 「兄さん、………どしたの…」

 無理もないだろう。

 オールはこっそりと笑う。

 「あの二人の用事に母上と父上がつきっきりだと考えると、関係無くもない」

 ストームもスティルも、アースやフレイムと同じようにそう頻繁にこの家に現れるものではない。それなりの重大な理由があって、父母を尋ねたのだとすれば、つじつまが合う。

 が、しかし。

 (…重大な理由って何だ)

 先ほどの20年ぶり、が脳内で響いて忘れかけていたが、兄弟は実にくだらない理由で父母のこの家を訪れることがある。ふらっと立ち寄ってふらっと出て行くレベルの話で、何年ぶりだのどうのと気にかけている余裕は無い。
 そんな軽い訪問の可能性が高いとなると、ストームとスティルの用事に父母がつきっきりだとは、考えにくい。

 「……地下倉庫、に、荷物…」

 深く考え込むオールを不審がったのか、「オール兄さんも暗い」と、真っ黒な瞳は揺らがないまま、口をへの字にしてアースが言う。どうやら、オールとフレイムが考え込んで導き出した答えが、通じていないようだ。

 「アース…」

 それに気づいたかのように、フレイムはにかっと笑った。

 「兄貴がくらあーい理由を教えてやる」






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「我らが導よ、我らとこの世界を導き給え」